国際ホテルジャーナリスト 小原康裕が訪れる世界のリーディングホテル

The Savoy

 

 “The Savoy”、すべてはこのホテルから始まった。

 
 “The Savoy”、すべてはこのホテルから始まった。サヴォイ伯ピーターの黄金像が圧倒的存在感を放つ、ザ・サヴォイのエントランス・アプローチ右手にサヴォイ劇場がある。この劇場こそがサヴォイの原点であり、劇場のオーナー兼興行主で「ギルバート・アンド・サリバン・オペラ」の創始者であるリチャード・ドイリー・カートが、1889年に開業したホテルがザ・サヴォイである。進取の気性に富むカートは、視察に出かけたニューヨークを始めとしてアメリカ滞在中に体験した先進的なホテルとレストランを、ロンドン社交界に持ち込むことを決意する。当時の英国上流社会はホテルを社交の場とするコンセプトがなく、ホテルはあくまで旅先の宿泊施設であり、外食も男性だけの所業とされていた時代であった。野心に燃えるカートはさっそくホテル建設に取り掛かり、バスルーム付き客室、エレベーター、世界初の防火床、自家用発電など当時の最先端技術を取り入れた近代的ホテルを完成させる。

 
さらにカートはホテルのソフトの部分にも最大限の配慮を注いだ。彼が求めたのは接客の天才であり料理の名人であった。その適材をドイツのバーデンバーデンで見つけ出し、強引に口説いてホテルの総支配人に抜擢してしまう。この人物こそ、後に“世界のホテル王”となるセザール・リッツである。総支配人になったリッツは料理の名人、ジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエを連れてホテルに乗り込み、サヴォイの名声をいやがうえにも高らしめて行くことになる。こうしてマネージメントはリッツ、料理はエスコフィエ、専属オーケストラの指揮がヨハン・シュトラウスという豪華メンバーが勢揃いする訳となる。さらにロビーでは、ガーシュインが「ラプソディー・イン・ブルー」をソロでピアノを弾くというおまけまで付き、この話題は瞬く間に広がりロンドン社交界の様相は一変することになる。今日では普通に見られる、一般の男女が観劇後にホテルでディナーというエレガントな夕べのスタイルが、この時に初めて確立した訳である。このことからサヴォイは「近代グランドホテルの祖」と呼ばれる記念碑的存在のホテルとして認知されている。


 
 ザ・サヴォイは、長い間サヴォイグループのフラッグシップとしてクラリッジズ、コ・ノート、バークレーの名門ホテルを束ねてきたが、2005年にサウジのアルワリード王子率いるフェアモントグループに買収された。07年12月から2億2千万ポンドの金額を投入して大改修を断行し、10年10月にチャールズ皇太子を招いてオープニングセレモニーを盛大に挙行した。現在、ザ・サヴォイは“フェアモント・マネージド・ホテル”「The Savoy, A Fairmont Managed Hotel」として運営されている。一方、クラリッジズ以下3ホテルは“メイボーン・ホテルグループ”「Maybourne Hotel Group」によって所有、運営されている。


 


ストランド大通りから奥に延びるアプローチ「Savoy Court」から望むホテル正面ファサード

華麗に生まれ変わった「Thames Foyer」。繊細なガラスの円屋根から淡い陽光が差し込むエレガントな空間だ

スマートな「Thames Foyer」のレセプションスタッフ

アールデコ調のシャンパン・ワインバー「Beaufort Bar」

気品あるレセプションルーム。ゲストはここでパーソナ ルなサービスを受けられる

レセプションルーム手前にある優雅なラウンジ

生演奏が楽しめる「American Bar」のエントランス

サヴォイの激動の歴史を一堂に集めた貴重なミュージアム「Savoy Museum」

正統派の英国料理が味わえる「Simpson’s-in-the-Strand」

ベッドルームのシッティングエリア

リビングからベッドルーム方向を見る

アールデコ調のクラシカルなバスルーム

テムズ川沿いに広がる公園から望むリバーサイドビュー